『西方の魔女』東方視察編:11 [『西方の魔女』]
お久しぶりです♪お待たせしました?
『西方の魔女』東方視察編もそろそろ終盤のラストスパートに入ります。
こちらは、中央進出編に向けた布石、と云うかイシス中将が今後一体どちら寄りの陣営になっていくのかをちょこっと示していたりするのですが・・・
まぁ、興味のある方は例の如く『続きを読む』からどうぞ♪
『いずれは大総統の座まで登りつめてみせます』か・・・
それってもしかしなくても、私の大切な 『キング』 に対する挑戦のつもりかなぁ?
『西方の魔女』東方視察編 第十一章
酒精
~ You may drink, but never drink away your reason. ~
視察もどうやら、今日で終わり・・・明日の午前中にはここー東方-を出発しないといけないんだよね?
イシスはそう思うと、なんだか不思議と寂しい気がした。
だからその日、笑顔のマスタング大佐が視察後の慰労のために今夜酒宴を開くので是非参加して頂きたい、と・・・そう申し出てくれた時、彼女もまた笑顔でそれを受け入れた。
そう・・・それが 『こんな事』 に発展するなどとは、その時のイシスには思いもよらない事だった。
「やぁ、大佐。今晩は、お招きありがとう。」
その夜、イシス・ハミルトン中将は艶やかな笑顔と共に、その背後にやや憮然とした表情の副官を従え登場した。
その姿を目にした瞬間、ロイは思わず目を丸くする。
酒宴の席は無礼講で構わない、とあらかじめ許可を寄越した彼女が、その酒宴の席に軍服などと云う無粋なモノを着ては現れないだろう、と・・・確かに予想はしていたが、その装いはロイの予想以上のモノだったのだ。
その小柄で細身の身体を彩る ――― 軍服の時とはまた違う ――― 金と蒼の絶妙な色彩が華やかで眩しい。
そう、今夜の彼女がその身に纏うのは、ライトブルーの背中が広く開いたデザインのカクテルドレスであり、開いたドレスから覗く蒼白い肌を隠す様に、普段はきっちりと編みこまれ後頭部で一つに結い上げられた金髪が、その夜は緩やかなウェーブを描きながら無造作にその背を流れ落ちるに任されていた。
その、目を見張るほどの華やかさを誇るイシス・ハミルトン中将の姿の中で、ロイにとって唯一気懸かりな点があるとすれば、それはウエスト近くに付けられたコサージュから裾に向かって幾重にも伸びる緩やかなドレープから覗く包帯に包まれた痛々しい脚であり、加えてその両脇に置かれた松葉杖の存在が、華やいだその場の雰囲気にやや場違いな感を与えていた。
しかし、それでもそれが、不思議と彼女が本来持って生まれた美しさや優雅さを損なうまでには至らなかった。
「少し派手だったかな?」
そして何よりも、はにかんだ様な笑みと共に僅かに首を傾げてみせるイシスのその仕種が、年齢不祥な外見の奥に隠された彼女の恐ろしい真実を知った今ですら、ロイにとっては決して不快なモノではなかったからだ。
「とんでもない! こんな席こそ華は必要でしょう。本当にお似合いですよ、中将。」
故にロイは心からの称賛と共に穏やかな笑みを口許に浮かべると、イシスをエスコートするべく手を差し伸べた。
「ああ、ありがとう、大佐。」
しかし当のイシスはと云えば、そのロイの心からの賛辞に僅かに頬を紅潮させはしたが、その口許に苦笑を刻みながら丁寧にそのエスコートの手を固辞し、ロイをひどく落胆させた。
だがその後、彼女はそんなロイの様子を気に掛けていたらしく、背後の副官がロイの副官であるホークアイ中尉に誘われ席を外し、ロイと二人きりになるとこっそりと先程のフォローを入れてきた。
なんでも、ここで下手に誰かに頼ると、それを理由にして次回の移動の際からは、問答無用で副官に担がれて運ばれる事になりかねない、と言うのだ。
真剣な表情で声を潜めながらそう話すイシスの様子に、ロイが思わず声をあげて笑うと、彼女は「笑い事じゃあないぞ!」と、ぷぅ~っと頬を膨らませ、如何にも不機嫌そうに唸った。
どうやら副官の方が強い傾向は、東方のみに止まらず西方でも同じらしい。
そうしていつの世も、似たもの同士が集まれば、会話に花が咲くのは当然のことであり・・・ ――― やがて程よく酒が回った頃、イシスはすっかり自分の副官と意気投合したらしいロイの副官の後ろ姿に優しい視線を投げかけると、それからフッと寂しげな笑みを浮かべた。
どうやら階級は違えど、互いに一癖も二癖もある上官を持つと云った同じ立場の気安さもあってか、会話も弾んでいるのだろう・・・その、楽しそうに談笑する副官たちの姿からイシスは視線を逸らすと、今度はややぎこちない笑みを浮かべてからロイに質問する。
「そ~言えば、ホークアイ中尉は君の副官になってどの位になるんだい?」
そのイシスからの問いかけに、ロイが微かに驚いたような表情を見せると、暫く考え込んでから返事を返す。
「そうですね・・・彼女とはイシュヴァ-ル戦以来の付き合いですから、そろそろ5年近くになるかと・・・」それから、憂いを含んだ様子のイシスの表情に気付くことなく、むしろ羨ましげな口調で言葉を継いだ。「・・・中将の所に比べれば、短いものでしょう?」
「う~ん・・・そうでもないぞ?」ロイのその答えに、今度は逆にイシスが僅かに考え込むような素振りをみせ首を傾げた。次いでロイの羨ましげな口調に気付いたのか、その口許に柔らかな笑みを浮かべると、ゆっくりと指折り数え始める。「ジェシーが実質的な意味で私の副官になったのは、私が将官になった後からだから・・・」
「では、10年ぐらいでしょうか?」
「ん?・・・なんだかそれだと、計算が合わないんだけど?」
どう云った基準に基づき算出したのか、ロイが挙げたその10年と云う時間に、イシスが指折り数えるのをやめロイに不可解そうな視線を寄越してきた。
「しかし、トリヴァー中佐が中将と同年代だとすると・・・」
イシスのその視線に、今度はロイの方が困惑した面持ちで口籠もる。
はっきり言ってここ数年は、イシュヴァール戦以外の大きな紛争はなく、軍人が昇進する機会はかなり少ない。イシスが将官になって時期がいつかは正確には把握してはいないものの、イシュヴァ-ル戦前後とあたりをつければ、10年と云う時間はそれほど突飛なモノではないはずである。
「!?・・・ねぇ、大佐・・・君は何かとんでもない勘違いをしていないか?」その発言に、途端にイシスが唖然とした様子でロイを振り仰ぎ、それから慌てて今の会話が楽しそうな様子で談笑している副官たちのところにまで聞こえていはしないかと視線を泳がせる。そして声を潜めるとつづけた。「まぁ、私の外見がこんなだから、勘違いされがちなのは仕方ないけど、ジェシーはその・・・私より確か5つは年下の筈なのだが?」
「・・・は・・・!? し、しかし、自分が中尉から聞いた話では、中佐とは准尉時代からの付き合いだと・・・?」
その、イシスの副官が彼女よりも年下である、と云う事実は、ロイに予想外の衝撃を与えた。
何故なら外見云々を別としても、二人の遣り取りはどう見ても年下の上官を気遣う年長の副官との 『ソレ』 としか取りようがないものだった。もしそれが逆だとすれば・・・あの二人の気安さは一体どんな関係に因るモノと取ればいいのか?
( ・・・同期・・・なのか? )
「う~ん・・・まぁ、付き合いと云えば、言えなくもないけど・・・え~と、確か中尉には、その当時はただの仲間だった・・・ぐらいの表現を使ったと思うけど?」自分の答えに対し、自棄に狼狽した様子をみせるロイを、不思議そうな表情で窺っていた相手は、やがて情報が不足している現状では勘違いされるのも仕方がないか、と云った様子で頷くと言葉を継ぐ。「あっ、因みに・・・私が士官学校に入学したのは訳あって18の時だったから、准尉の頃には・・・え~っと、ジェシーはまだ候補生だったっけ?」
あの頃はジェシーも素直で可愛かったのに・・・今は見る影もないくらい意地悪だよな? ――― と、彼女はその当時を振り返るかの如く懐かしそうに目を細め、それから次いで大袈裟なため息を吐いた。
しかしイシスのそれは、ロイの予想した同期による気安さではないか、と云う可能性すらをも打ち砕く発言だった。
「 ――― では、中佐とは同期でもなかったのですか?」
その、唖然とした様子のロイに、イシスが再び今度は小さくため息を吐いた。
「・・・あのね、大佐。君のように 『国家錬金術師』 であり、しかも士官学校を金時計を頂く程の成績を修めて卒業した経歴の持ち主に、一般的な昇進の基準やあり方が実感できないのは仕方がない事だけど、我が軍は ――― 大総統の剣技を見れば一目瞭然だけど ――― 能力至上主義に基づいた階級システムだ。つまり軍部ナンバー1の射撃の名手で、しかも ――― 『国家錬金術師』 ではないにせよ ――― 優秀な錬金術師でもある諜報部あがりの逸材・・・それがもし私と同期だとすれば、貴族出身でなくとも今頃は准将ぐらいにはなってると思うぞ? 実際のところ、いつまでも私の指揮下の、しかも副官職なんかに留まったりせず転属していれば、あいつはすぐに中隊長クラスか、でなければ諜報部で作戦参謀を務める事だって可能だった訳だし・・・そうしたら、あれが最年少で将官になるのも、あながち夢じゃなかったかな。」
まったく、才能の無駄遣いをしてるんだから、勿体無いだろ? と、そう付け加えながらイシスが首を横に振る。
「・・・!? 随分と高く彼の能力を評価されているのですね?」
イシスが告げた、彼女の副官に対する高い評価に、ロイが驚いたように目を見張る。
「うん・・・だってそう云う誘いがあったのは事実だし、実際に私の指揮下から転属して、既に将官になっている奴も何人かいるのは事実だよ。それに・・・上官を生かすも殺すも、副官の能力次第だからね。」
イシスはあっさりとした口調でそう告げると、おや、信じていないのかい? と云った様子でロイの表情を窺った。
「・・・確かに、今の軍のあり方や上級者を見ていると一概には信じられないかもしれないけど、一見すると愚闇そうに見える将官も、その実かなり頭が切れたりするものさ。貴族出身だからと云って、指揮官能力がない軍人を将官や佐官にするほど軍部も甘くはない。だから愚闇そうな指揮官に出くわしたその時には、その隣りをよく見てごらん。必ずと言っていいほど、優秀な副官が付いている筈だ。そう云った副官を上手く使うこと、或いは傍に置き続けられること・・・それだって、ある意味立派な能力だろ? ――― でもね、それ以上にそんな上官を上手く扱っている副官の能力は・・・その上官以上だと考えておいた方がいい、と・・・私は常々そう思っている。」
実際、そう云う将官や佐官達を、中央にいた頃から数多く見知ってきたからまず間違いない。だから君も副官に愛想を尽かれない様に気をつけろよ、と・・・彼女は最後にはロイに向かって苦笑混じりにそう忠告してきた。
その言外には、明らかにホークアイ中尉に対する彼女なりの、最大限の賛辞が含まれていた。
「 ――― しかし、こうして改めて考えてみると、ジェシーとの付き合いは彼此20年以上になるけど、あれが副官になってからは・・・7年か? なんだ、君の所とあんまり変わらないな。」
そうして、彼女はゆっくり指折り数え終えると、ため息混じりの苦笑を零した。しかし、ロイにはそのイシスの表情をとても充足した幸せそうなモノ、としてしか捉えることが出来なかった。
成る程、上官を生かすも殺すも副官次第、か・・・確かに否定はしない。
しかし、彼女は分かっているのだろうか? ――― 彼女が指摘したその図式は、主語が逆であったとしても当て嵌まるモノだ、と云うことを・・・
そう・・・時として、副官のもつその優れた能力を生かすも殺すも、それはその上官の能力次第でもあるのだ。
そしてそれは同時に、軍部に於ける上下関係全体に対しても当て嵌まるモノであり・・・如何に優れた能力を持とうとも、それを生かす場所と捧げるべき相手を与えられなければ、その能力もやがては地に堕ちるだろう。
10日間と云う短い期間ではあったが、ロイが目の当たりしたイシス・ハミルトン中将と云う、天性の指揮官とも云える存在とその能力・・・それは、ロイが自らの上官に、と求めてやまない ――― しかし現状では決して手にすることの叶わぬ ――― 『ゆめ ‐理想‐』 そのものを体現している、と云っても過言ではなかった。
それ故にロイは、彼女の副官に対し己が抱いてしまった、羨望と云う名の苦々しい想いと共に手にしたグラスの酒を一気に呷ると、隣りに座るイシスに気付かれぬよう小さく嘆息していた。
その後も酒宴の席では、他愛もない談笑と共に東方時代のイシス中将とグラマン中将との関係、と云った様々なエピソードを交えた会話が弾み、それに伴い、いつしかロイが酒を飲み干すスピードもあがっていった。
そして、気が付くと・・・
「マスタング大佐・・・大丈夫かい?」
ロイは自分の表情を伺うように覗き込む、イシス・ハミルトン中将の心配そうな色を浮かべた翠瞳を目の当たりにしていた。その翠瞳は、薄暗い酒場の照明の下ですら鮮やかさを失うことはなく、ロイはその美しさに声もなくただその瞳を見つめ返すことしか出来ないでいた。
「少し飲みすぎたんじゃないか? まったく君も仕方がないなぁ・・・どれ、私が水でも貰ってこよう。」
すると、そのロイの反応を【酔っている】と判断したらしいイシスが、そう言って苦笑を零しながらも、自分が怪我をして身動きもままならない状況にある事を忘れたような素振りで、水を取りに行こうと立ち上がりかける。
「・・・待ってください、中将!」
その行動を目にした瞬間、ロイは慌てて腕を伸ばすと、イシスの腕を掴んで引き止めた。
その結果、ロイに腕を掴まれた反動で、あっ、っと云う微かな声をあげながらグラリとイシスの身体が傾き・・・そしてそれは、二人にとって予想外の展開を生むことになった。
「大佐・・・君、あまり顔には出ないようだが、実はもの凄く酔ってるだろう?」
イシス・ハミルトン中将の困った様な声が、ロイの耳元の、それこそ直ぐ間近で響いた。
「この程度で酔うほど、自分は 『酒』には弱くはないですよ、中将。」
しかしロイはイシスからの問いかけに、真面目な表情を崩すことなくそう答えると、あまつさえニッコリと微笑んですらみせた。大概の女性相手であれば、それは正に絶大の効果を上げたことだろう ――― だが、今回のロイの相手は、その微笑みで落ちるほど男を知らない訳ではなかった。
「い~や、絶対、酔ってるって・・・」故にイシスは僅かに頬を染めはしたが、その場で居心地悪げに身動ぎすると大きくため息を吐きながら言葉を継ぐ。「 ――― 確かに今日は無礼講だし、元々私も上下関係には厳しくはない方だけどね・・・この状況は、その・・・ひじょ~に気不味いのだが・・・?」
「私にしてみれば、これはこれでかなり楽しい状況ですよ?」
「・・・私は・・・楽しくない。」
「それは、失礼しました。」
今度はロイもやや気拙げに苦笑を零すと、思わずその場の勢いで自分の膝の上に乗る形で収まっていたイシス・ハミルトン中将の小柄な身体を抱え上げ、そっと自分の隣りの席へと降ろした。すると彼女は、微かに紅潮した頬を隠しながらも、少し肌蹴たドレスの裾をなおしつつ無言を通す。
その、先程の自分の行為に関して、やや憮然とした表情は見せるものの、無礼講の基本に則ってそれ以上の追及や叱責をすることなく引き下がったイシスの態度に、ロイはより一層惹きつけられるものを感じていた。
そして思い起こしてみればやはり、その時の自分は中将が指摘した通り、既にかなり酔っていたのだろう・・・と、ロイは後にそう結論づけることとなる。
何故なら、それから先の記憶が、実はロイには殆どないからである。
「無論、野心ならありますよ? ――― なに、いずれは大総統の座まで登りつめてみせます。」
気がつくと、ロイ・マスタング大佐はひどく真剣な表情でイシスの瞳を覗き込みながら、胸を張ってそう公言していた。そのロイの発言に、イシスの笑顔が思わずヒクリ、と引き攣る。
そう、イシスのしてみれば 『それ』 は、酒宴の席とは言えかなり無謀な発言のようにも思えたのだが、敢て注意はしなかった。
何故なら今や彼女にとって、ロイ・マスタング大佐が酔っている、と云う事は間違えようのない事実だったからだ。
――― それにしても・・・どうして、こう云う話の展開になったんだっけ?
引き攣った笑顔はそのままに、イシスは自信満々で『大総統の座まで登りつめる』と・・・そう公言したロイに対し曖昧な相槌をつきながら、これまでの話の流れを反芻してみた。
確か視察の総仕上げとして、大佐が考える将来の展望についての意気込みを、それとなく探ってみたつもりだったのだが・・・普通あ~ゆ~事は、酔っていても上官が同席するような席では言わないものではないだろうか?
( う~む・・・マスタング君て、実はかなりキレる有能な人材だけど・・・それ以上に、結構 『天然くん』 ? )
と・・・ロイ・マスタング大佐に対する、イシスの評価が下降方向で揺らぎ始めたその時 ――― そのロイがいきなりイシスの両手をガッシリと握り締め ・ ・ ・
「 ――― その暁には、是非イシス中将にはその中枢メンバーの一員として、私の傍に居て頂きたい。」
と、真顔でそう口説(?)いてきた。
その、酔っている筈のロイの、しかし怖いぐらいに真剣な色を湛えた綺麗な黒曜石の瞳が、イシスに 『ソレ』 と良く似た色を浮かべて彼女を見つめた 『キング』 の、冴え冴えとした瞳を思い起こさせる。
そして ―――
『 私の傍に居ろ ・ ・ ・ 勝手に離れる事は許さん。 』
そう言って彼女に、決して消えることのない 『刻印』 を刻んでいった 『キング』 ・・・
――― ああ、成る程。これって、もしかしなくても私に対しては最高の 『口説き』 文句なのかもしれないな。
イシスは懐かしい昔の想いを反芻し、フフッと微かな笑みを零すと、彼女に昔を思い出させるキッカケとなった元凶の手をそっと振りほどき、さも呆れた・・・と云った表情を浮かべながら楽しそうに返事を返す。
「・・・う~ん、大佐。気持ちは凄く嬉しいんだが・・・その頃にはきっと、私は 『おばあちゃん』 になってると思うし・・・出来たら退役して、静かに暮らしていたいんだけど?」
そう・・・それはイシスにしてみれば、人並みな 『願い』であり 『憧れ』 でもあった。
そして、いい加減この話はやめよう・・・と、イシスが話題を変えようとしたその時、再び真剣な表情のままロイが言葉を継いだ。
「なに、そんなには待たせません。10年以内にはどうにかしてみせます!」
――― おい、ちょっと待て! その自信は一体何処からくる!?
「・・・いや、だからそうじゃなくて・・・」
イシスは今度こそ心底呆れて、尚も言い募ろうと彼女のほうへ身を乗り出したロイを押し止め、距離をとろうその胸元に手を伸ばし・・・伸ばした手首を掴まれた。
それからロイの、真摯な色を湛える黒曜石の瞳が、再びイシスの瞳を真正面から捉え・・・
「 ――― ですから・・・どうか私に、中将のお力を貸して頂きたい。」
先程とは違い、今度は色気も何もなく、ただ単に ――― そう頼まれた。
無論イシスにしてみれば、ロイ・マスタング大佐に対し力を貸す事については、それほどやぶさかではなかった。だがしかしこの状況は・・・
( なんか少し、顔が近すぎないかい、大佐? )
そう、いつしかその真顔のままの端正な顔が、徐々にイシスとの距離を詰めていき・・・やがて、ズシリと、決して軽くはない温もりがイシスを包み込む。
「!? ちょ、ちょっと・・・マスタング大佐っ・・・!?」
その温もり・・・と云うよりも重みに、イシスが慌ててその拘束から逃げようともがく。
しかし戦時ならいざ知らず、平時の、しかも無警戒な相手からの敵意のないその拘束は、お互いの体格差も相まって、イシス独りでは如何ともし難い。そして ―――
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Zzzzz
( おい・・・!!>怒 )
――― 気がつけば、イシスの肩口に伏せられたロイの口許から、穏やかな寝息が響いてくる。
イシスは肩口から洩れるその寝息に、思わず天を仰ぎながら小さく嘆息すると、やがて力が抜け、そっと凭れ掛かってきた身体をずらして、自らの膝の上へとロイの頭を導いた。
( ――― 確かに、野心はあるようだが、まったく・・・つくづくその場の雰囲気、と云うものを読めない男だな。)
それから、膝の上にサラリと広がった黒髪を、愛惜しむかの様にそっと撫でると、その口許に苦笑まじりではあるが、柔らかな笑みを浮かべ、誰にともなく話しかける。
「・・・有能で人を惹きつける才能をもった人材であるのは確かなようだが・・・こんなに人を信じやすいのはどうかとも思うぞ?」
呆れた様にそう呟くイシスの口許から、やがてクスクスと、堪えきれない笑いが零れ落ちていく。そして・・・
「 ――― なぁ、そう思わないか、ジャン?」
イシスはそう同意を求めるように、ごく自然な口調で背後に生じた ――― 本人にしてみれば、消したつもりでいるらしい ――― しかし馴染みの気配に対し、振り返ることなく声をかけた。
「 ――― そりゃ~イシスの方が、その大佐以上に人を惹きつけるだけの何かを持っているからだし・・・なにより信頼に足る人物である、と・・・そう判断した大佐の勘の方が正しいんじゃないかと、オレは思うんスけどね?」
すると背後で、それまで潜められていた気配が明確なモノへと変化し、密かに成り行きを見守っていたハボックがやっぱバレバレでしたかねぇ? と、苦笑混じりにイシスにそう答えながら姿を現す。
ああ、あんな風に ――― 大佐が自分に抱きついた程度で ――― 殺気だっていたら、そりゃ~バレバレだよ・・・と、イシスがそのハボックの問いに肩を竦めて見せ、それから愉悦を含んだ声をあげた。
「ふ~ん? 暗殺や情報攪乱、その上での殲滅作戦指揮・・・そんな汚い仕事をしてきた人間が 『信頼に足る』のかなぁ? 第一こうして、相手に気を許させておいてナイフで一突き・・・って事も 『本来の私』なら遣りかねないよ?」
そして、そう柔らかな笑みを浮かべて告げるイシスの左手には、いつの間にかその言葉通り鋭利なナイフが握られており、実際にその刃先はロイの心臓の丁度真上、しかもほんの僅か手前で止められていた。
「 ――― それに・・・この姿や笑顔だって、唯の見せ掛けに過ぎないのかも知れないじゃないか。」
今だって、ほんの少し手に力を込めるだけで、大佐は確実に死んでたよ? と・・・イシスは事も無げにそう呟きながら、それでもロイの心臓に翳していたナイフを退けた。
「大丈夫っスよ。その時には、オレが命懸けで大佐を護りますから。」
その、ナイフを退けたイシスの首筋に、愛用のナイフを突きつけながら、ハボックが屈託のない笑顔を見せる。
「・・・やれやれ・・・ジャンもまだまだ甘いな。」
しかし、当のイシスはそのハボックの対応にため息混じりにそう零すと、ナイフの存在を意に介さぬ様に首を横に振った。それもその筈である・・・なにしろ既にイシスの右手に握られたナイフが ――― 彼女のその首筋に突きつけていた ――― ハボックのナイフの切っ先を、難なくその刀身で防いでいたからだ。
「攻撃は一度に一回だけじゃない・・・って、私は何度も教えただろ?」
「・・・覚えてるっスよ? 」イシスのその諫言に、ハボックはなにやら余裕の表情で答えると、ニッコリ笑って反撃に転じた。「だから、こう・・し・・て・・・?」
そう、防がれた切っ先を当然のように受け入れていたハボックは、実はもう一方の残された手でイシスにナイフを突きつけようとしていたのだ ――― が・・・次の瞬間、おやっ? とした表情を見せたかと思うと・・・固まった。
何故なら、今度はイシスの左手に握られたナイフが、ハボックの 『ソレ』 にしっかりと対応していたからで・・・そうして、最後に固まったままのハボックに向かって、イシスが 『まったく、困った子だね。』と云った風情で嘆息してから告げる。
「ああ、それから・・・防御もまた二段構えで・・・とも教えたよね?」
「・・・そうでした・・・>汗」
――― どうやら、まだまだイシスには勝てそうにないハボックであった。
イシスは先程の一連の遣り取りで、すっかり落ち込んでしまったハボックに向かって、そろそろこの酒宴を御開きにするように命令し、それに従ったハボックがトボトボと去っていく姿を柔らかな笑みを浮かべ見送った。
それから次に、膝の上に広がる年下の男の黒髪を軽く指先を絡めるようにして梳きながら、無意識の内にその感触を今は亡き 『あの人』のソレと比べている自分に気付き・・・困惑の体で大きく嘆息する。
――― いい加減、忘れてもいい頃だ、とは思う。しかし・・・
「少しでも、似ているかな?・・・なんて、思っちゃったこと自体・・・間違いだよな。」
そう・・・マスタング大佐は 『あの人』に比べたら、背だってかなり低いし、黒髪である、と云う以外には、外見的特徴に似たところは少しもない。
容姿だけみれば、むしろ 『キング』の方にこそ共通点が多いだろう。
―――― 有能なくせにどこか抜けていて、部下を惹きつける何かを持ちながら、同時に敵も多い・・・自信過剰で野心もある典型的な策略家。それでも・・・
「私も大概、こう云った手合いには、甘いのかもしれんな。まっ、このさいだ。多少の便宜は図ってやるか。」
イシスは諦めた様に大きく息を吐くと、彼女の膝を枕替わりとして、今や完全に幸せな夢の世界の住人と化した黒髪の男へと視線を落とした。その口許に浮かんでいた「仕方がないなぁ」と云った困惑の笑みは、いつしか穏やかな陽だまりの様な笑みへと変化する。
それは嘗て幾多の戦場に於いて、その外見に見合わぬ暗躍により敵だけでなく、時には味方にすら 『魔女』と呼ばれ恐れられていた女性-ひと-からは想像も出来ないようなモノだった。
―――― それにしても・・・酒と云うモノは本当に怖い代物だ。
そう、酒の勢いと云うモノは人を寛大な気持ちにさせる他にも、時として却って様々な弊害を生み出すキッカケにすらなってしまうものである・・・例えばイシスにとっては、今この瞬間の 『この行為』そのものがそ うだろう。
しかもその時の彼女は、ロイ・マスタング大佐のために、中央に於ける彼の足場となり得る後ろ盾を色々と検討していたのだが、最後にはこれ以上の適任者はいないだろう、と言うほどの 『大物』を引き当てていた。
「う~ん・・・なんだかこの 『代償』は、結構大きいモノになりそうな気もするが・・・まぁ、いいか。」
イシスは自分が選び出した 『大物』の人選と、そこから起こり得るであろう数々の摩擦とを思い浮かべ、暫くの間はお互い割に合わない風当たりを受ける事になるだろう、と予測した。
しかし、これからの軍部のあるべき姿を考えれば、それも仕方のないことかもしれない。
そこまで考えてから、イシスはもう一度、彼女の膝枕で眠りこける年下の男の黒髪を撫でるとその耳元に囁く。
「 ―――― おめでとう、大佐・・・君は 『合格』だ。」
それが、イシス・ハミルトン中将の、ロイ・マスタング大佐個人に対して下した最終評価だった。
そして、西方司令部副司令と云う肩書き以外にも 『ハート』と云う、もう一つの肩書きをも併せ持つイシス・ハミルトン中将は、いずれは彼女の敬愛する 『キング』を追い落とし、将来の 『敵』ともなり得る可能性を秘めた男の唇に、そっと祝福のキスを落とした。
『西方の魔女』第十一章
酒精
~ You may drink, but never drink away your reason. ~ 終
2005.04.21. 脱稿 2005.04.26. 改稿
とうとう『西方の魔女』東方視察編も終盤にさしかかりました!
何気に、イシスさんってあっち寄りの人だったりしますが・・・最終的にどの陣営に落ち着くかは秘密です(笑)。
因みに、イシスさんが用意してくれる『後ろ盾』は滅茶苦茶強いですよ~♪
ええ、いろんな意味で・・・(爆)
う~ん、このまま中央進出編まで話を進められるのだろうか?
http://webclap.simplecgi.com/clap.php?id=isisu
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何気に、朝早い時間帯にパチパチしてくださる方が多いのですが・・・
皆さん、早起きですね?←それとも、夜型の方々かしら(笑)?
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